四万温泉を旅する(前編)

四万温泉を旅する(前編)

群馬の四万温泉を旅してきました。

ご承知のとおり僕は副業として古物商を営んでいるのですが、先日群馬山中のとある古刹のお坊さまから「世にも稀な神品を手放したい」という手紙が届きました。そして、彼と落ち合う先として指定されたのが四万温泉は「積善館」という宿だったのでした。

しかしあろうことか、お坊さまは投宿先の宿の橋の上で座禅を組んだまま死んでいるのが発見されました。そしてこの怪死事件を端緒に、僕はいつものように謀略渦巻く一大猟奇事件に巻き込まれ、それはもう大変だったんですが、それはこの記事の本筋ではないので割愛します。それよりもぼかあ、このとき投宿した「積善館」について語りたかったんですよ。

積善館は元禄時代の創業で、『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデルのひとつとも言われる湯治宿です。玄関前の赤い橋がインスタ映えするということで、日中から夜遅くまで多くの観光客が訪れるインスタ宿でもあります。

積善館のある四万温泉へは東京駅八重洲口から直通の高速バスが出ており、所要時間は片道3時間程度。9時発のバスに乗り、12時ごろには四万温泉に到着しました。宿のチェックインまで時間があるため付近を散策していると、やたら昭和の空気が横溢する良いかんじの通りを発見。

こういう温泉街の鄙びた通りってよいですよね。射的場とかスマートボール場とかストリップ小屋とかがある一画。僕自身がかつて温泉街に住んでいたこともあって、なんだか郷愁を覚えます。

ストリップ小屋といえば、むかし城崎温泉の素泊まり宿に泊まったときにストリップを見学したことがありました。外湯を浴びて宿に戻る道すがら、客引きのおばちゃんに「見物料1000円でいいから見ていってよ」と呼び止められたのです。500円しか持ち歩いていなかったので正直にその旨告げて立ち去ろうとしたら、500円でも良いと言われてなかば強引に小屋に連れて行かれたのでした。中に入ると客は僕ひとりだけ。居心地悪い気持ちで座っていると、先ほどのおばちゃんが出てきて僕を一番前に座らせ、ラジカセの電源を入れると突然気だるげに踊りだしたので虚を衝かれました。えっ、もしかしてこのおばちゃんが踊るの!? 客引きと踊り子が同一人物!? まさかのワンオペストリップ!? せめてあなたの娘を出してください、あなたそういう年でしょ!? しかも客は僕だけ! この裸のおばちゃんと二人きり! しかも印鑑サイズのなぞのスティックを渡されて、えっ、これでなにすんの? ……えっ、おばちゃんのそこに? ……これを? ……入れろって言うの? しかも? それを? 上下に動かせと? なんで、僕がそんなことを? なんで、私がスティックを! ?

「なんで、私が東大に?」の四谷学院の広告みたいに語呂の良いフレーズが頭をぐるぐると回り、頭髪は瞬時に白髪となり、口からは泡を吹き出す僕。しかし時すでに遅し。好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだよ。500円払ったうえにかくもフェータルなはずかしめを受けるとは。城崎おそるべし……。

城崎温泉の話はさておき。話を戻します。

チェックインまでかなり時間があったので、「くれない」という鰻屋でめったに食べないうな重を注文し、それを慈しみながら一口一口噛み締めて食すことによって時間を潰そうとしたのですが、食べ終わってもチェックインまではなお一時間以上ある。近くに共同浴場があったのでゆるりとひとっ風呂、とも思ったのですが、無料の代わりにタオル・石鹸の類はいっさい用意されていないストロングスタイルの浴場であったため、タオルを持たない僕は入ることが出来なかったのでした。なので、これから四万温泉を訪れる人はタオルを持参するのが良いと思います。

しょうがないので焼きまんじゅうを食べたりポケモンGOをしたりして時間を潰し、そうこうしているとようやくチェックインの時間が近づいてきたので宿へと向かいます。

宿の門構えはさすがの貫禄。『千と千尋の神隠し』強度1000万パワーといったところでしょうか。

14時ジャストにチェックイン。お部屋にはコタツがあり、さいきんコタツと縁遠い生活をしていた僕はやおらテンションがあがりました。おこただ! おこただ!

しかし、おこたでくつろぎたい気持ちをグッと抑え、浴衣に着換えすぐさま温泉へ。この宿には風呂が五つもあるので、テンポよく入らないと回りきれないのです。

まずは最も築年数が浅い新館的な建物にある「杜の湯」へ。ここはごく普通の大浴場で、マリポーサチームで例えると先鋒ホークマンみたいな風呂です。いわゆる前哨戦です。

ここの風呂は本館の僕の部屋からやたら遠く、なんかダンジョンみたいなところを通り抜ける必要もあったりして、けっこう道に迷いました。

迷いながらもなんとかたどり着いてみれば、浴場は貸し切り状態で大変気持ちよかったです。緒戦は僕の完勝といってよいでしょう(風呂と戦う男)。

帰りも迷いながら部屋に戻り、部屋ではKindleで『花園メリーゴーランド』を読むなどして英気を養いました。

そして16時になったところで「元禄の湯」に向かいます。この風呂は昭和初期に作られた歴史的建造物で、大正ロマン強度1億パワーを誇る、積善館の風呂における大将的ポジション。マリポーサチームで例えるとキン肉マンマリポーサといった風格の風呂です。難敵です。

16時ジャスト。このタイミングで総大将に挑んだのには僕なりの戦略と勝算がありました。積善館にある五つの風呂のなかで、一番人気の温泉は間違いなくこの「元禄の湯」です。混んでいる風呂が大嫌いな僕としては少しでも空いている時間帯に入浴したい。出来れば貸し切り状態で入りたい。日帰り入浴の受付終了時間である16時は、そういう点ではうってつけの時間帯です。加えて、積善館の主人が建物の歴史を解説する館内ツアーが始まるのも16時からで、恐らくほとんどの宿泊客がこの魅力的なツアーに参加するはず。つまり16時という時間帯は日帰り客、宿泊客ともに入浴率が最も低く、「元禄の湯」のガードががら空きというわけなのです。

戦略的思考のすえ館内ツアーを捨てて臨んだ捨て身の入浴アタックだったのですが、なんと若い兄ちゃんが一人「元禄の湯」に入っており貸し切りならず。僕の惨敗です。というかおまえさー、風呂なんか入ってないで聞けよ、主人の話を!

僕は「元禄の湯」のなかのオンドル(蒸し湯。下写真正面の小さな引戸の奥)にこもり、もうもうと温気が立ち上る濃い暗闇のなかで策に溺れた自分を厳しく律しました。

そして数分後。汗だくになって蒸し湯の引戸を開けて外に飛び出したところ、あとから入ってきたおじさんが眼の前の湯船に入っていて、そのおじさんはオンドルの存在に気づかなかったらしく、とつぜん開いた小さな扉からずるずると全裸で這い出てきた汗だくの僕をみて、妖怪油すましに出会った村人みたいなリアクションで驚いていました。僕は妖怪ではなく人間なので、こころが軽く傷つきました。

……しかし長いな。疲れてきたので次回に続きます。僕のレビューでなくてもよい人は敬愛する「日本ボロ宿紀行」先輩の積善館紀行文(前編後編)を読んでね。