見えない友だち

見えない友だち

オカルト育児大劇場 第ニ話「見えない友だち」

次男だけでなく、怪異は長男の周辺でも起こり始めていました。というのも、長男が家の中にいる「パンパン」という名の友だちのことをしきりに語るようになったのです。もちろんそのような者の出入りはあるはずもなく、僕は恐怖に打ち震えました。しかしそんなことなどお構いなしに、長男はその「友だち」のことを嬉々として語り続けるのでした。

「どれ長男、抱っこしてあげよう。高いたかーい。ははは、お父さんは赤頭のように力持ちだろうー」
「パンパンのほうが力持ちだよ。おっきい石も持ち上げるよ」
「えっ」

「あれよ長男、テレビにサメが映っているよ。怖いねー。でもまあ、お父さんはバハマの人食いザメをワンパンでのしたことがあるけどね。なんつって。ははは」
「パンパンはなまはげをやっつけたことがるから、もっと強いよ」
「うっ」

「ルックアットディス長男、このスーモというサイトを見てごらん。お父さんはこのくらい大きな家に住んで自分の書斎が欲しいし、お前にも自室を与えたいところであるのだが……塩漬けにしたバイオ株の株価が上がるまで待っておくれ」
「パンパンのお家はもっと広くて、クジラも住めるよ。お金もいっぱいあるよ」
「うう……」

心技体そして財力、すべて僕よりも高スペックな心霊パンパン。僕の父親としての自尊心は激しく打ちのめされ、枕をぬらす夜が続きました。かくしてなぞの悪霊パンパンに対する嫉妬が限界に達した僕は、一家の安全と父の威厳を保つため、霊媒の力を借りて彼を除霊することにしたのです。

僕は本棚の「霊媒紳士録」をひもとき、黒岩宇受売という名の女霊媒に白羽の矢を立てるとすぐさま連絡を取りました。なにしろ掲載されている顔写真が僕の好みだったし、くわえて「セクシーなポールダンスによって除霊を行う。そのダンスの激しさは、衣装がはだけ、ほとが露出するほどである」という紹介文にも学術的好奇心をいたく刺激されたからです。

かくして翌日、見目麗しき黒岩宇受売女史が我が家にやってきました。

「あっ、その長いつっぱり棒はもしや……」
「これは『霊能御柱』といって、この御柱を室内に突き立てて舞を奉納するのです」

挨拶も早々に早速ポールを組み立て始める女史の傍らで、僕は心霊現象の仔細を語りました。

「……というわけで、この家の中には目に見えない何かが潜んでいて、長男と次男を常につけ狙っているようなんです。やれ、恐ろしや」
「……」
「どうしました? やはりかなりの強敵ですか」
「それは悪霊ではありません。ただのイマジナリーフレンドですね」
「えっ、イマジナリーフレンドというと、富田靖子がイメージキャラクターを務めたあの?」
「それはイマジニアの『消えたプリンセス』です。似ても似つきません」
「えへへ」
「イマジナリーフレンドとは、成長過程において幼い長子や一人っ子にしばしば起こりうる現象で、心霊現象ではありません。したがって、私が舞を舞う必要はありませんね」

女史はそう言ってポールを片付け始めたので僕は大いに慌てました。

「ま、待ってください! 我が家の心霊現象はこれだけではないんです! 次男のほうもです。むしろこっちのほうがやばいんです。だから踊ってください!」

僕は夜ごと次男の周辺で起こる「メリーの怪」の仔細について女史に説明しました。

「なるほど……つかまり立ちの出来ない赤ちゃんの手はたしかにメリーに届きませんね。それは不思議です」
「でしょでしょ。100パー霊障待ったなしですね。ぜひ踊ってください。妻の帰って来ないうちにはやくはやく」
「ドンドン」
「あっ、すわ何ごと!?」

突如、傍らのベビーベッドから大きな音がしたので二人して振り向くと、そこには驚くべき光景が繰り広げられていました。なんと、次男が仰向けの状態で両足を上げ、アリ戦の猪木のごとくメリーにアリキックを放っていたのです。そしてそのキックの何発かはボタンにヒットし、やがて次男の攻勢に屈したメリーはにぎやかな音楽とともに回り始めたのです。

「……」
「……」

僕と女史はしばらく顔を見合わせた後、女史は再びポールの片付けに取り掛かりました。

「あっ、どうしてですか?」
「どうしてって……この家に心霊はいませんてしたので」
「そんな……せっかく来たんですから、踊っていってくださいよ。ねえ、踊ってください」
「だめです」
「おやっ、待てよ。たった今、なんか悪霊が僕に取り憑いたような気がする……ウウッ、返せー、五種の神器を返すのじゃ」
「『消えたプリンセス』の話はもういいです」
「じゃあ、ウウッ、七福神をさらってやる……」
「『奇々怪界』の話もいいです。というか、ディスクシステムの懐ゲーしか引き出しがないんですか。平成も終わるのですから、いいかげん昭和から脱却してください」
「んなこと言うなよ、きね子……」
「誰がきね子やねん」

などと、僕と女史の間でしばらく「踊れ」「いや踊らない」「ほとを出せ」「いや出さない」の押問答が続いたものの、けっきょく僕の力不足でポールダンスの実演には至りませんでした。
しかし、誓おう。僕は必ずや女史が恐れおののき、思わずほとを出さずにはいられないような強霊を降霊し、いつか読者諸兄にポールダンスの様子を詳説することを起請するものである。

(第三話に続く)(続かない)