トマコダヌキ

トマコダヌキ

あるいはトマッコダヌキ。
岡山県美作地方に伝わる憑き物系クリーチャー。トマコ(トマッコ)とはイタチを表す方言なので、つまりタヌキとイタチの合成獣みたいな外見なのでしょう。全長15センチほどのクリーチャーで、群れをなして暮らすのだそうです。

『妖怪事典』(村上健司)によると、トマコダヌキを飼うのはたいてい主婦で 、上手に飼えば裕福になるが、飼育に失敗するとたちまち貧乏になるのだそう。主婦の小手先で家計が傾くだなんて、まるでFXみたいな妖怪ですね。きみの細君あたりはいかにも勘と頭が悪そうなので、トマコダヌキやFXといった元本を保証しない金融商品からは極力遠ざけておくのが良策です。

しかし、きみの勘と頭と顔の悪い細君が「トマコダヌキは絶対儲かる」「勝ち馬に乗る」「絶対飼う」「あたしが世話するんだからあんたには関係ない」などと言って耳を貸さない場合はどうする? ……いや、みなまで言うな。妻に意見する権利がきみに認められていないことと、きみの細君のあらゆる欲望に対して貪欲な性質は、気の弱そうなきみの顔と、ゴブリンロードみたいに醜悪な細君の顔を見比べればわかること。つまりきみの家では結局トマコダヌキを飼うことになるので、この金融商品の飼育にはせいぜい注意しなければならない。なぜなら、このクリーチャーには
「エサは必ず一日一回与えること」
「エサは深夜に与えること」
「お粥を食べさせること」
といった『グレムリン』ライクなルールがあるのだから。
そして、こういった七面倒なルーティンはいずれ細君からきみへと移譲されるので覚悟するがよい。そう、きみの家で飼っているはずかしい名前のチワワの世話と同様にね。
……しかし、きみは堕落の偶像みたいな細君とは違ってまだしもまめなほうなので、細君よりは上手にトマコダヌキを育てることができるかもしれない。それが唯一の救いといえよう。

主婦が一日中家にいるにもかかわらず家事一切をきみ一人で担当しているのはとにかく哀れとしか言いようがないが、そんなきみに懐いたトマコダヌキは、きっとどこからともなく味噌や醤油といった調味料を持ってきてくれるようになるだろう。実にささやかだが、優しさに餓えているきみの目には溢れんばかりの涙がたたえられることだろう。泣くな。泣くな。生きてさえいれば、たまにはよいことだってあるのだから。

嵐の晩。きみの細君はなぜか大量のコロッケを買い込み、ハクション大魔王がハンバーグを食べるみたいに次々と口に放りこみながらFXのチャートを眺め、そして時おり大アマゾンの半魚人みたいな奇声をあげている。いっぽうのきみはといえば、丹精込めて育てた田んぼの稲が気になってしょうがない。外に確かめに行きたいが、リビングからはカルピスサワーをオーダーする細君の怒鳴り声が聴こえてくる。彼女はカルピス:焼酎:炭酸=1: 1 : 3という完璧な割合でサワーを作らないと怒り狂う黄金比の女なので、きみはこれから全身全霊を込めてカルピスサワーを作らなければならない。重ねて哀れなことであるが、しかし、善良な良人に幸あれ。そんなときトマコダヌキは一族総出で戸外へ飛び出し、稲株にしがみついて稲が倒れぬよう必死で守ってくれるのだという。
美しき魂の交歓よ、ここにあれかし。