万座温泉を旅する(前編)
この世のレジャーで最も至福のものはなにかと問うならば!(とうならばー!)、せっかくだから俺は「温泉ゲーム合宿」と答えるぜ。
それはつまりなにかというと、期待の新作ゲームが発売されて間もない時期に山奥の温泉に一人赴き、ひたすら温泉、ゲーム、温泉、ゲーム、温泉、ゲーム……と至福の行為を反復しながらだらだら過ごすという複合型レジャーのことです。だってさ、考えてもごらんよ。たとえばきみが家でゲームをしているとするでしょう。すると君の在宅を狙いすましたかのようにNHKの集金がやってきたり、ママにおつかいや草むしりを頼まれたり、わるい仲間が上がりこんで合成麻薬MDMAを勧めてきたり、夕飯の献立に頭を悩ませたあげく調理に時間のかかるパスタソースを作り始めてしまったりと、いろいろと邪魔が入ってゲームに没頭出来ないではないですか。
ところがどうよ。山奥の温泉宿だったらごはんは勝手に出てくるし、周囲にはわるい仲間どころか後期高齢者と猿と鹿しかいないし、ゲームで疲れた身体には温泉有効成分が骨の髄まで染み渡るときたもんだ。完璧じゃないか。理想郷じゃあないか。
そんなわけで令和元年の11月末、Nintendo Switchと『ポケットモンスター ソード』を携えた僕は草津温泉のほど近くにある万座温泉日進館へと向かったのでした。
ちなみに万座温泉といえば僕の企画するゲーム合宿地として定評があり、かつて『タクティクスオウガ 運命の輪』が発売されたときも僕がこの地に行幸あそばされ滞在あそばされたというたいへん格式のある温泉です。
万座温泉は群馬の奥地、標高1800メートル地帯に位置しており、なんとなく行くのが大変そうな印象がありますが、今回投宿する日進館には直通バスが新宿都庁地下から毎日運行されているのでらくちんです。片道4-5時間くらいかかるけど、だまって座ってポケモンやってりゃ着くんだから楽勝ですよね。科学の力ってすげー!
というわけで着きました日進館。関越道の事故渋滞で予定より一時間以上遅くなってしまったのですが、それでも15時には部屋に入れたので御の字というものです。
日進館は増築に増築を重ねた結果、メガテンのダンジョンみたいなことになっており、ネットの口コミを見ると不便だとか膝の養生に来たのにかえって膝が悪くなったとか懦弱なクレームが散見されますが、個人的にはダンジョン旅館が大好きなのでこれはむしろ高評価。四万温泉積善館しかり、大沢温泉自炊部しかり、ホテル三日月しかり、入り組んだ宿泊施設にはロマンがありますよね。脳内マッピング機能を駆使して浴場や食事会場に至るルートを確保するという探索の楽しみは格別です。だもんで今回は「湯けむり館」という最果ての棟に配属され、たいへん嬉しかったです。ひゅーっ、どこに行くにも遠いぜ!
旅装を解くなりすぐさま温泉に向かいます。まずは旅館に3ヶ所ある風呂のうち一番スタンダードな「長寿の湯」へ。
万座の泉質といえばむせかえるほどの硫黄含有量が有名ですが、ここのお湯もいかにも万座、というかんじの硫黄っぷり。湯船は六つくらいあって、全体的にややぬるめかな、というかんじ。露天がとくに気持ちよかったです。
その後は部屋でポケモンを遊んだり、翌日のジャパンカップの予想をしたりして超絶有意義に過ごしました。
僕は空いてる風呂に入りたいという願望が異常に強いので、夕食会場が開いたのを見計らって野外の露天風呂「極楽湯」へ。こちらは旅館の玄関で外履きもしくは長靴に履き替え、山道を2−3分歩いた先にあるという正真正銘の野外露天風呂でして、そぼ降る霧雨に体をぬらしながら黄昏の山道をトボトボ歩いてゆきます。
読みが当たってお風呂は無人。はじめのうちは貸切状態を満喫していたのですが、なにげに人界から孤立している風呂なので、先日『世にも奇妙な物語』で「ソロキャンプ」という話(山奥でソロキャンプしてる板尾創路のところに馴れ馴れしい死霊が次々訪れる話)を観ていた僕はだんだん気味が悪くなってきました。露天風呂を囲む藪の向こう側には漠漠とした闇が拡がり、死霊とはいわないまでも、たとえば凶暴な野生動物が潜んでいてもおかしくはない。そういえば脱衣所には「狐が悪さをするので注意」という注意書も貼られていたりして、とにかくここには人外の野獣や化生の類が出没するらしい。してみると、こんな雨のそぼ降る晩に一人でこんなところにいるのはどうにも気持ちがよくないな、ということで身体がほどよく温まったところで旅館に引き返しました。その後夕食会場で揚げたての唐揚げなどを食べるなどして心を強く持ちました。
食後は築年数が新しい棟の最上階にある「万天の湯」を目指します。ここは湯けむり館から最も遠い場所に位置する風呂で、湯けむり館の宿泊客でここにゆきて還りし者は近来ないと言われる日進館きっての難所です。建物から建物へと渡り、エレベーターを三度乗り継がなければ辿りつなかい世界の果てです。『風来のシレン』でいうとテーブルマウンテンくらい遠いと言っても過言ではないでしょう。
僕とときを同じくして万天の湯を目指して客室を旅立った見知らぬおばちゃんが廊下をうろうろしていました。僕は彼女を旅の道連れにしようと思っていたのですが、シレンでいうと目潰しお竜ですが、彼女は道中のセーブポイント(フロント)で万天の湯への行き方を訊き、その回答を得た後に「そんなんわからーん」と呵々大笑しながら近場の「長寿の湯」へと去っていったのでした。お竜……
しかし、今度はエレベーターの乗り換えがわからずウロウロしているNPCを発見。NPCは連れの女性に「こんなに遠いならアイコスを持ってくればよかった。アイコスー、アイコスー……」とワニ目で呻いている。そう、彼もまたはるか万天の湯を目指す旅の仲間だったのです。僕は彼をひそかに「アイコス中毒のペケジ」と名付けました。さあ、ともに行くぞペケジ! はるかなる万天の湯へ!(続く)
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