万座温泉を旅する(後編)

万座温泉を旅する(後編)

前回までのあらすじ

テーブルマウンテンなみに遠い新館の内風呂「万天の湯」を目指す僕こと風来の僕は、ダンジョン内でアイコスを切らして動けなくなったゾウリ頭のNPC、アイコス中毒のペケジと出会ったのであった。テーブルマウンテン到達を目指し、風来人たちの挑戦はつづく……!

とまあ、温泉紀行にあるまじきあらすじですが、実際のところペケジたちとは会話を交わすこともなく、道中さしたるドラマもないまま無事に「万天の湯」にたどりついたのであった。

万天の湯の感想としては、まあふつうかな。日中なら上のフリー画像みたいに景観が良いのでしょうが、湯けむり館の宿泊者なら夜間にわざわざ訪れなくてもよさげなかんじでした。

ところで、このころからお尻がヒリヒリ痒くなり始めてきました。これはただでさえ殺人的に濃い硫黄成分をさらに凝集した湯の華が沈殿する浴槽と尻を接していたためと思われます。しかし、これが後にあのようなおぞましき惨劇を引き起こすことになろうとは、この時はまだ考えもしないことであった……

風呂から上がってロビーまで戻ってくると、毎晩催されているというステージショーで老若男女がフィーバーしていました。都会だとこういったレイブな盛り場では合成麻薬MDMAが売買されるなどしてたいへん危険かつ退廃的なのですが、万座温泉にはそういう悪い人はいないし、それどころかお楽しみ抽選会で無料宿泊券が振る舞われたりして健全かつたいへんお得です。ちなみに司会の泉さんという旅館の方がたいへん進行上手でかるく感銘を受けました。

YouTuber業界にも顔を出す泉ジョージ氏

僕は残念ながら当選しませんで、すごすごと部屋に戻りポケモンで遊んだり『カント「純粋理性批判」入門』を読むなど優雅な時間を過ごしたのち、寝る前にもう一発「長寿の湯」をキメて、硫黄でラリってホカホカしながら絶賛大入眠しました。初日にして身体に硫黄の匂いが染みつき、尻は硫黄にかぶれて赤くなるという重度のジャンキーぶりです。

二日目の朝。起きぬけの「長寿の湯」をキメたのちに朝食。その後はチェックアウトまでポケモンにいそしみます。10時のチェックアウト後も復路バス便の出発時刻である15時まで大広間が開放されお風呂にも引き続き入浴できるという神対応がありがたい。

この日はよく晴れたこともあり、フロントで「万座温泉湯めぐり手形」を購入し外部の温泉を徒歩で巡ることにしました。

まずは十五分ほど歩いて豊国館へ。ここは以前に泊まったことがある宿で、自他ともに認める万座温泉最強の泉質を誇るレジェンド旅館です。その最強ぶりは、脱衣場に貼られた張紙を見てもわかるとおり。

湯の華の製造者にも肉体的ダメージを与えるそうで、ここのお湯はもはや温泉の枠を超え、もろばのつるぎとか獣の槍とかパープルヘイズとかそういうレジェンダリーなアイテムや自動操縦型スタンドの領域に達しているといっても過言ではない。

窓の外の露天には国分寺書店のオババがいます。

かくも恐ろしい豊国館の風呂ですが、入ってみるとじつに硫黄オブ硫黄な気持ちよさ。外の露天風呂には国分寺書店のオババみたいな女性とその息子らしき人がいて、なんか圧がすごかったので立ち入れませんでしたが、そのぶん貸切状態の内湯をたっぷり堪能しました。

次に向かったのは豊国館の隣りに位置する万座高原ホテル。ここは小規模な湯治宿である豊国館とは異なり、プリンスホテルグループ系列の大きな宿泊施設です。なお、日帰り入浴客が入れるのは混浴露天風呂のみ。僕は混浴風呂が大変苦手ではあるのですが、昨晩読んだカントの本によると、われわれが混浴露天風呂と感じるものは純粋悟性概念によって認識されたものに過ぎず、物自体としての混浴露天風呂は存在しないということを述べられていた(たぶん)ので、カント先生がそう言うのなら……と心を強く持って入浴にのぞみました。

基本的に何を言ってるのかよくわからないカント先生

先客は若いカップル一組。入るなり目が合い一瞬たじろぎましたが、しかしここの石庭露天風呂には湯船が5つくらいあるので、お互い別々の湯船に入っていればそんなに気まずい思いをせずにすみます。したがって、カップルが湯船AからBに移動したところで僕は湯船EからBが見えにくい場所に位置するDに移動、やがてCに移動したところでカップルはCとの間に障害物のあるEに移動、といったように高度かつ無言の裸の付き合いがコミュニケートされていきます。

ここのお風呂で困ったのは、カップルの巻いている高原ホテルのタオルはバスタオルぐらいの幅で、長さも腰回りを一周半ぐらいできるぐらいのものだったのですが、僕が持参した日進館のタオルは非常に短く、前は隠せるけれどもお尻は丸出しという兵装の格差。そのうえお尻は湯の華中毒で赤く腫れていて、大変恥ずかしかった。……あっ、さっき言った惨劇というのはこれのことです。

お次は高原ホテルと同系列の万座プリンスホテルへ。ホテル内の中華レストランで青椒肉絲ランチをおごそかに食した後、万難を排した状態でお風呂へ。ここは内風呂と露天風呂が連結していて、さらに露天風呂も男性限定スペースと女性限定スペースの中間に混浴スペースがわりとシームレスなかんじで繋がっています。地政学でいうとラインラントとかルクセンブルクみたいなかんじに混浴風呂が機能しているわけですね。

そのラインラント混浴露天風呂にも残念ながら先客がいました。そこにいたのは痴皇(幽白に出てくる奴隷商人)みたいに肥え太ったおじさんと、彼と二十以上は年の離れているであろう幸薄そうな女性の二人で、彼らが醸し出すあやしげな雰囲気がいたく気になりました。地方の温泉旅館で見かけた怪しい雰囲気のカップルに想いを馳せるのもまた旅の醍醐味ですよね。

ともあれ、僕にラインラント混浴風呂に立ち入る勇気はないので、男性限定スペースから眼前に広がる山岳地帯の絶景と混浴スペースの痴皇のだらしない身体を交互に見やり、聖と俗の対比を堪能しました。その後、「微笑みの爆弾」を口ずさみながら徒歩にて日進館に戻りました。途中、きれいな沼があったり、なんらかの野生動物の糞が落ちていたり、野うさぎがぴょんぴょんしてたりして野趣がありましたね。

その後シャトルバスに乗りこみ東京へ。バス車中で購入したジャパンカップの馬券が当たって25000円のプラス収支となり、今回の旅費分をまるっと稼ぐことができました。これもまた良い旅の思い出というものです。楽しかったな。了!

ちなみに旅行から2週間経ったのちにこの文章を書いているわけですが、実はまだ身体に硫黄臭が残っています。万座のちからって、すげー!