四万温泉を旅する(後編)

四万温泉を旅する(後編)

18時、夕食のため大広間へ。「日本ボロ宿紀行」によると御膳を部屋に運んで食べてもよいということだったので僕もそうするつもりだったのですが、迷宮のような館内を行ったり来たりしながら御膳を運ぶのが面倒になり、けっきょく大広間で食べました。

「長八の宿」のジッさん並の超スピードでモシャモシャカリカリとめしを平らげ、ダッシュで風呂へ。他の宿泊客が大広間でのんびり食事しながら油断している間に、ひとりで風呂を占拠してやろうという算段です。

まず向かったのは本館の岩風呂。

この風呂は混浴ゆえに、マリポーサチームでたとえると次鋒ミスターVTRなみのとっつきにくさがあります。混浴に入るのは女性だけでなく男性サイドもそれなりに勇気がいるものですが、この時間は誰も入って来ないであろうことを確信し、安心しつつ絶賛大入浴しました。

やたら湯の熱い岩風呂を早々にあがり、続けて「山荘の湯」へ。ここは浴室が二つありますが(かつては男湯・女湯として使用されていたと思われます)、いずれも内側から鍵をかけて入る家族風呂です。入浴難度としては中堅ミキサー大帝、副将キング・ザ・100トンに相当するといえるでしょう。しかし宿泊客の大半はまだ食事中の時間帯であったため、どちらも使用されていませんでした。フフフ、俺は家族風呂だってかまわないで一人で入っちまう人間なんだぜ……と不敵に笑いつつ入浴します。古びたかんじが心地よく、ここにはその後さらに二回入りました。

夜になると門前の赤い橋がライトアップされ『千と千尋の神隠し』強度が1億パワーに激増していたので、インスタ映えのする写真を激撮すべく、女子大生グループの後に続いて外に出ました。

マスター・オブ・インスタグラムの称号を持つ女子大生たちが思う存分インスタを映えさせ、満足して館内に戻っていったあと、ライオンの食い散らかした屍体を漁るハイエナのように一人でせっせと写真を撮っていると、背後の暗闇の中から咳払いの音が聞こえました。女子大生さまの撮影が終わるのを待っていた僕同様、外からきたカップルが僕の捌けるのを待っていたのでした。いつからそこにいたのか知りませんが、周囲に誰もいないと思いこんで男だてらにインスタな振る舞いに及んでいたのを見られていたことが非常に恥ずかしく、顔を赤らめそそくさと退散しました。

……しかし待てよ、宿泊客でもないのに敷地に入ってきた流れ者の無礼な咳払いに急かされて、おいそれと場所を譲るというのはいかがなものか、なめられたものだ、もう頭にきた、スマホからライオンとか猛獣の声を再生して怖がらせ、やつらを敷地から追い払ってやろう、そう思い直して橋に戻ったところ、流れカップルに撮影を頼まれ、そして僕は橋の上で何故かタイタニックのポーズをとるカップルの写真を撮る羽目になったのであった。どういうことなの……。

その後、寝る前に「元禄の湯」と家族風呂、翌朝も家族風呂に入り、積善館の風呂を限界値の255まで堪能しました。

翌朝チェックアウト後、日帰り入浴を楽しむため近くの旅館「四万たむら」へと向かいます。

ここも館内に風呂が5つくらいありましたが、館内が空いていたこともあってどの風呂もほぼ貸し切り状態で満喫することが出来ました。

滝を眺めながら入る露天風呂「森のこだま」も良かったけれど、一番気に入ったのは「御夢想の湯」。

御夢想の湯

薄暗い浴室へ差し込む日光に絡みつく湯気と馥郁たるヒノキの香りが渾然となり、たいへん心地よい空間でした。入浴客は他に誰もいませんでしたが、この風呂に限っては土地の古老が一人入っているぐらいのほうがアクセントが効いてさらに良かったかもと思いました。ちなみにその爺さん、親しくなると僕に手紙の代筆を頼んでくんの。そしてその後、村では手鞠歌の歌詞に見立てた奇怪な殺人が次々に起こっていくんだけど、僕の推理はいつも後手に回って次々起こる猟奇犯罪をなかなか止められないというね。果たして僕の推理は狂気と哀しみの連鎖を断ち切ることが出来るのであろうか……。

次回はそんな温泉紀行を綴りたいものだと思いつつ、旅館で釜めしを食べ、高速バスに乗って帰途に着きました。了!