育児とオカルト

育児とオカルト

「七つ前は神のうち」という言葉もあるように、一定年齢に達する前の子どもは異界・霊界・幽冥界といった人外の世に片足を突っ込んだ超自然的存在なのだといわれることがあります。翻って僕は四十だし、霊感もないし、異界との接点や怪奇体験といったものはないに等しかったのですが、現在わが家には3歳と0歳の子どもがいるせいなのか、彼らを介して怪奇な事象に遭遇する機会が増えました。

僕は育児だけではなくオカルトにも造形の深い男なので、そういった強みを活かし育児とオカルトの相関についてとくと語ってゆきたい。

オカルト育児大劇場 第一話「メリーの怪」

我が家のベビーベッドの柵にはメリーが据え付けてあります。

メリーとはなんなのかを知らない方のために説明しますと、その名の通り赤子をmerry(陽気)な気分にするための器具です。君たちみたいないい年こいた大人をmerryにするにはヒロポンの一、二本も打っておけばよいのでしょうが、赤子は薬用量とか将来性とかの問題があるのでそうもいかず、そこでメリーの登場とあいなるのである。

回転軸から放射状に伸びた枝部に人形や短冊や団子や鰯の頭をくくりつけ、電力を用いてそれをプロペラのように回転させ、さらに乳児を安んじるための音楽を鳴らす、というのがメリーの基本構造である。視覚と聴覚を心地よく刺激することで赤子をトリップさせ、機嫌の悪い赤子の気持ちを安からしめる、あるいは寝つきの悪い赤子をすみやかに入眠させるなどの効能が期待されるのである。

長男はそれほどでもなかったのですが、次男はいたくメリーを気に入っていて、どんなに泣き叫んでいたとしてもメリーの起動によってピタリと泣き止むほど。そんなわけで、寝かしつけの時には必ずメリーをつけてあげています。

ちなみに、うちのメリーはボタンを押すと10分くらいエンドレスで音楽が鳴り続け、その後自動で停止するようになっています。子どもが寝たあともえんえん鳴り続けたらうるさいもんですもんね。

ある晩のこと。僕たち夫婦はうとうとしている次男をいつものようにリビングのベビーベッドに寝かせてメリーのボタンを押し、既に長男が寝息を立てている寝室にそっと入るとそのまま床につきました。

それから数時間たったの深夜のこと。尿意で目覚めた僕が寝室から出たついでにリビングの様子をうかがうと、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第2楽章 K.525の調べとともにメリーがくるくると回っている。あれ、と思いながらベッドをのぞき込むと次男がにこにこと笑っている。僕が寝ている間に妻もトイレに起きて、そして覚醒している次男のためにメリーのボタンを押したのかな、などと考えながら寝室に戻り、翌朝もあえて妻に確認するようなことはしませんでした。

しかし、同様のことが夜な夜な続きました。僕は四十をこえてからトイレが近くなり、ほぼ毎晩夜中に目が覚めてしまうのですが、リビングを覗くといつも次男の頭上でメリーが回っている。妻に尋ねてみたものの、彼女は夜中にメリーにさわったことなど一度もないという。そもそもグロブスターの化身である妻は、夜中は基本的にグロブの本性をあらわし砂浜に打ち上げられた姿そのままで横たわっているので動けないというのだ。そうだったのか知らなかった。それはそれで知りたくなかった事実であるが、まあそれはそれとして、僕は夜ごと次男の眠るベッドの周りで起きている謎の現象に思いを巡らし、言いしれぬ恐怖を感じました。

「それではいったい、誰が夜中にメリーを動かしているというのだ?」

しかし、我が家を蝕む怪現象はこれにとどまりませんでした。怪異は次男だけでなく、長男の周囲でも深く静かに進行していることを、私はまもなく思い知さられることになったのです……

(第二話「見えない友だち」に続く)