松江しんじ湖温泉を旅する
- 2019.04.17
- 日記風

「これでございますか」
僕の好奇の視線に気づいた紳士は、抱き抱えていた風呂敷をほどき、中から現れた額のようなものを窓の所に立てかけた。
額の中には一尺足らずの大きさの娘の半身が浮き出ており、その娘は何とも言えぬ嬌羞を含みながら微笑んでいたのであった。
「アッ、この押絵はいったいなんです?」
「押絵ではありません。iPadです」
「押絵の少女がヌルヌル動いているではありませんか。なんともふしぎだ」
「押絵の少女ではありません。Vtuberです」
「押絵と旅する男……」
「押絵ではなくiPadを持ち歩いているだけです」
「押絵でしょ?」
「しつこいな、押絵じゃなくてiPadとVtuberだっつってんだろうが」
話の通じない乱歩マニアの私に呆れたらしく、男はそれきり黙り込んでしまった 。私も黙っていた 。汽車は相も変らず 、ゴトンゴトンと鈍い音を立てて 、闇の中を走り続けた……
などといった、僕が体験した蜃気楼のように不思議で気まずい話はさておき、話の主題はこのあと訪れた目的地についてです。先日、仕事の用があって島根県の松江に行ってきたのです。 松江駅にはお昼すぎに着いたのですが、仕事の約束は夕方。それまで時間を潰さなければなりませんでした。
まずは腹ごしらえということで、食べログで高評価の「根っこや」という郷土料理屋へ。ランチ限定の「あとのせ海鮮丼」というのを注文してみました。


本当は市街地から少し離れた所にある黄泉平坂に行ってみたかったんですが、時間の都合上、今回は市内循環バスで回れる範囲に留めることにしました。
バスに乗っていると、途中の停留所で観光客のおじいさんが乗り込んできました。彼は運転手に一日フリーパスのことを質問し始めたのですが、じーさんは話の飲み込みが悪く、バスをダイヤ通りに運行したい運転手も話を端折ろうとするものだからますますじーさんの疑問は増し、そのためバスがしばらく動かぬ仕儀となりました。
ようやくじーさんのフリーパスに対する疑問が解決し、ついにバスが動き始めたと思ったら、今度は「運転手さん! バスを止めてくれ! ばーさんがいない!」と突然騒ぎだすじーさん。「ばーさん、ばーさーーんっ!」と、車内の中心で婆を叫ぶじーさん。しかし、衆人環視のバス車中で一人の老婆が煙のようにかき消えるなどといったことが、果たしてありうるのだろうか!? 犯人は一体どんな密室トリックを用いたというのだろうか!? 此方は小泉八雲の膝下、あるいは人外なる妖魅のしわざなのか。しかし平成の御世も終わろうというこの科学万能大時代、果たしてそのようなことが起こりうるものなのか……僕を含めた乗客一同は固唾を呑んでことの成り行きを見守っていたのですが……実はばーさん、最初からバスに乗ってはおらず、この時点でまだテクテク外を歩いていたのでした。そして錯乱したじーさんがひとしきり騒ぎおわった後に悠然とバスに乗り込んできたのでした。配偶者とどんだけ距離取って歩いてんのこのじーさん。ばーさんもばーさんで、じーさんの姿はとっくに視界から消えていたはずなのに、なにげにホーミング能力高いな。シアーハートアタックみたいだな。







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