トリプルクロスカウンターを越えろ! の巻

トリプルクロスカウンターを越えろ! の巻
次男も一歳半になり、それなりにソリッドな固形物を手づかみで食べられるようになったので彼を椅子に座らせ、一家四人テーブルを囲んで夕餉を共にするようになりました。
最初のころは良かった。あの頃はよかったよ。僕と妻は吉野家の牛丼、長男にはシェアした牛丼、歯が生え揃っていない次男は好物の納豆ごはん、みたいなかんじで、それぞれのライフステージに合わせたメニューをめいめい食べて、それはそれは平和で、よーしパパ明日は特盛たのんじゃうぞー、なんつったりして、それで笑っていられた穏やかな日々の愛しさよ。しかし今や食卓は吉野家コピペのような殺伐とした雰囲気がただようこの世の地獄と化したのであった。 つまりどういうことかというと、次男の認知機能が向上し、家人が口に運んでいる物体も食物であることに気づき、それを自分も食うのだといってせがむわけ。せがむっつっても人語を介さないので、身振り手振りと奇声をもって不快感を表そうとする。その際彼は好物の納豆を手につかんでいるため、わめきながら手にした納豆を投げつける、床に棄てる、頭になすりつけるなどといった人外非道の悪行三昧。もはや食卓は阿鼻叫喚、パニックシチーとなりました。極悪非道もここまで来ると気持ちがいい。よかねーか。というわけ。 家族と食事を共にすることに疲れた僕は、力石の死によってメンタルが崩壊した矢吹丈のように夜の街を徘徊しました。繁華街の乱暴者にゴロをまいたり、暴力おでん屋と殴り合ったりと、最底辺の荒んだ生活に身を落とした僕。しかし、人間落ちるところまで落ちても、腹だけは一人前に減るのだな。雑路の向こうから漂うスープの匂いに釣られ、いつしか僕はとあるラーメン屋の前に立っていました。店の前には赤い提灯と赤い看板。異国の言葉を話す人々が吸い込まれるように続々と入店していく様子を眺めていた僕は、人の流れに押されるかのようにその店へ足を踏み入れました。 席に案内された僕は大いに驚きました。
「なんだこのカウンターは……!?」
みればカウンター席の両サイドには仕切りが立てられ、店員が立ち働く正面の厨房スペースにも簾が降ろされ、世俗から完全に隔離された食事環境が用意されていたのです。
「これが噂の『味集中カウンター』か…… だが、こんなこけおどしにひるむ俺さまではない。ここはラーメン屋、大事なのはラーメンの味ってもんだろ。ずるずる……ハッ、周囲が一切気にならない環境のせいか味覚がセブンセンシズに目覚めた聖闘士のごとく研ぎ澄まされていやがる! おかげでラーメンの美味しさをより深く味わえる気がするぜ。これが味集中カウンターの実力……こいつはトリプルクロスカウンター以来の衝撃だぜ。おい、それに見ろよこの店内を……中国人が多いのに、意外に静かだ! 信じられん!」 かくして、一蘭から多くのことを学んだ僕は早速家に帰り、食卓の上に段ボールで囲いをこさえ、次男から家族の食事が見えないようにしました。するとどうでしょう、次男は自分に与えられた食餌だけを黙々と食べるようになったのです。
「いえーい、やったぜ。一蘭ありがとう!」
(「育児と一蘭」おわり)