崖の上のポニョ

崖の上のポニョ

2008年のある夏の夜。男一人でこれを観に行くのはちょっと恥ずかしいなあ……と思いつつ雨降りの深夜に歌舞伎町の新宿オデヲン座に出かけたところ、客席に子どもは一人もおらず、館内にいたのはホームレスとヤクザものの夫婦とホストだけだったので、僕もリラックスして観ることが出来ました。とても楽しかったよ! エンディングではみんな立ち上がり、ホームレスやヤクザやホストと肩を組んでいっしょにポニョのうたをうたったよ! ヒモロギ、かぶきちょう、だーいすき!(その後ほどなくしてオデヲン座は廃館)

にしても本作。全編にわたって不穏な空気が横溢している奇怪なジブリ映画でした。ストーリーは、崖の上に住む少年が魚怪の魑魅に魅入られ、魚怪に血を吸われたり村が災厄に見舞われたり土地の古老が海底に引きずり込まれたり嵐の夜に観音様が顕現したりするというもの。どんだけ奇怪なんだ。

ヒロインのポニョとかいう魚怪も相当奇怪で、人面魚→両生類→人間という三形態の変化をこなす怪生物。魚と人間の中間形態、マクロスでいうところのガウォーク形態にあたるカエル形態がとりわけじつに気持ち悪い。1955年5月25日午前3時すぎ、オハイオ州リトルマイアミ川に出現したUMA「カエル男」よりも更にキモいジブリヒロインって、そんなのありなんですかね。

というわけでつまり何が言いたいかというと、宮崎さんは本作においてあんまし客に媚びていないのでそれが奇怪でいびつな面白さにつながっているんだろうなということ。客に媚びないというのは、既に十分な名声を得た老クリエーターにしか許されない特権ですよね。僕は黒澤明末期の迷作『夢』がこのうえなく好きなのだけれど、この映画からは『夢』と同様のフリーダムな突き抜け感を感じましたよ。創作者というものは、名声を得て、年を食って、死期を悟って、自分の稼働時間を逆算してみて、そうしてはじめて様々なくびきのようなものから解放してもらえるのかもしれませんね。

僕が好きなシーンは水没した町を宗介とポニョがボートで突き進むシーン。僕はつねづね、災害で水没した住宅街を住民が小船でたゆたう報道なんかを見るたびある種のロマンを感じていたので、あのシーンは実によかった。しかも劇中では水中を古代魚が跋扈しまくりでロマン増し増し、さすが駿さんは男のロマンのわかる老人だ! ヒモロギ、はやお、だーいすき!